仏像修復と日本文化を守る

仏像などを修理・修復する事によって日本の文化を守り、後世に伝えるのを目的としたサイトです。

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2007年 胎蔵界大日如来修理予定表 
 
 1月


 2月

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 4月


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 6月

 7月

 8月

 9月

10月

11月

12月
 ・調査
 ・搬入(1/19)
 ・部材の整理(1/20)
 ・解体&写真撮影(1/22)
 ・工房公開(2/4〜3/3)

 ・部材の清掃作業(〜4月)

 ・下地、金箔の剥落止め作業
(〜7月)

 ・虫穴などの繕い(〜8月)
 ・新補部材の制作(〜9月)

 ・組み上げ(〜9月)





 ・接ぎ目処理&色合わせ
(〜10月)
 ・写真撮影
 ・完成予定
 ・予備月

 ・搬出


 ◆仏像プロフィール

(※許可なく画像を掲載することを禁じます。)
00:仏像について

名称:   大日如来【胎蔵界】
制作年代: 南北朝時代(1333〜1392)
構造: 木造、寄木造り
像高:   49.7cm(現状)
住所:   茨城県つくば市

 現在、地区管理になっている寺院に安置されている仏像です。廃寺後、年月が経過し、檀家の方々も一部、散逸していて管理になかなか手が回らない現状です。
 珍しいことに、胎蔵界大日如来の他に、対になる金剛界大日如来も現存していて、非常に貴重な仏像といえます。  本体の壊れ方はひどい状態ですが、幸いなことに、主要な部材は残っています。
 台座は完全に崩壊していて、段ボールに放り込まれていました。いずれ、処分される運命だったかもしれません。
 数十年後には仏像本体も同じ運命を辿る可能性が高く、今回、修理が実現したのは幸運だったと思います。


(※許可なく画像を掲載することを禁じます。)
01:破損状況  

 左の写真は、お堂の中での安置状態についての写真です。ホコリまみれで、ほとんど物置のような状態でした。
 人が住まなくなったり、あまり管理されなくなったお堂は一気に痛みがひどくなります。
 それは、当然、中に安置されている仏像文化財にも当てはまることで、掃除されなくなると、ホコリがたまり、さらに、ホコリが水分を吸収することにより、汚れがたまったり、彩色や金箔がはがれ、カビが生えたり、虫が入り込んだりします。
 水分は接着剤であるニカワの劣化を早め、像自体が形を保てなくなり、やがて、バラバラになっていきます。
未指定文化財とはいえ、700年近くも昔の日本の文化遺産がこのような状態で放置されるのは、残念な事だと思います。   

(※許可なく画像を掲載することを禁じます。)
  02:安置状況

 左の写真は台座と光背の保存状況になります。
 このように壊れた仏像の部材が、バラバラの状態で、 3箱分ほど別に放置されていました。
 ここまで壊れた物は、捨てられたり、燃やされたりすることも多々あります。
(※燃やすことによって、供養するという考え方もあります。) 
 また、部材は一部か、あるいはその大部分が無くなっている事がほとんどで、修理にはかなりの労力と時間を必要とします。 
 本体の大日如来像も十数年ほどたつと、この写真のように、完全にバラバラになり、いずれ、同じように段ボールにまとめて、放り込まれるような状態になったと考えられます。

(※許可なく画像を掲載することを禁じます。)
  03:部材の整理 

 段ボールに入っていた部材を丁寧に全てチェックしていきます。
 その結果…3箱の段ボールの中には、大小併せて、3体分の光背と、4体分の台座の部材の断片があることが確認できました。
 特に台座に関しては、今回修理する、胎蔵界の大日如来の台座の部材があることが分かりました。また、修理はしませんが、対になる金剛界の大日如来の台座の一部も発見されました。
 光背に関しては、残念ながら大日如来の部材を見つけることは出来ませんでした。
 見つかった胎蔵界の大日如来の台座の部材は、全部で、2/3程度でした。
残り、1/3は捨てられたり、無くなったりしてしまったわけです。
 残念なことだと思います。  

(※許可なく画像を掲載することを禁じます。)
04:解体  

 仏像を解体していきます。
 ただ、今回の仏像に関しては、すでにニカワがはずれていて、ほとんど全壊状態でしたので、特に問題はありませんでした。
 解体するといろいろなことが分かってくるのですが、今回のこの大日如来に関して言いますと、今までに少なくとも、2回は修理されていることが修理の痕跡から分かりました。
 1回目は江戸時代。
 2回目は戦後ぐらいになります。 
  そうやって、何度か修理されることによって、今のこの時代にまで、壊れながらも何とか伝わっている訳です。

(※許可なく画像を掲載することを禁じます。)
05:解体全景図

 像本体の残っている全ての部材を解体した状態です。
この写真を見れば、寄せ木造りの構造がある程度分かると思います。
 また、材木の専門家の方に見ていただいた結果、地元の檜ではなく、備州の檜ではないかとのことでした。
 つまり、この大日如来像は地元の仏師が作った物ではなく、中央の正統的な仏師に注文制作して、茨城にまで持ってきた可能性があるようです。
 残念ながら、当初あったと思われる、胎内の納入品も亡失しており、当時の銘文も残されていないため、誰が、いつ、なんのために作ったのかは分かりませんが、ある程度の力を持った人間が作ったことは想像できます。
 昔安置されていた寺院の資料も現存していないとのことで、来歴をたどれないのが残念です。

(※許可なく画像を掲載することを禁じます。)
06:清掃

 管理が行き届かないお堂の場合、数十年分にわたる、チリやホコリが積もっています。また、そうでなくとも、細かい彫刻の隙間にホコリがたまりやすいものです。
 筆や刷毛で、丁寧にホコリを払っていきます。

 ホコリはそのままにしていると、水分を吸って固まり、なかなか取れにくくなってしまいます。また、虫やカビの繁殖の原因にもなります。
 仏像の胎内などは、ネズミの巣になっていることもあり、今回の像の胎内にも、ネズミが運び込んだ、布や新聞の切れ端などが見つかりました。

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