特定非営利活動法人 古仏修復工房

古仏修復工房は文化財の修復を通して日本の文化を守り、後世に伝える活動をしています。


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2016年 集落管理 毘沙門天立像  

 今回、修理した像は栃木県芳賀町、集落管理の毘沙門天像です。元は毘沙門堂と呼ばれるお堂に安置されていたとのことですが、震災によりお堂は被災し、現在のところ復旧の見通しは立っていないとのことです。管理していた方によれば、自分が生きているうちにはなんとかしたい、と仰っていましたがなかなか難しい状況のようです。中に安置されていたのは毘沙門天像と不動明王像でしたが、現在は二体とも近隣の寺院に安置されています。いずれ、再建が進むことを願いたいと思います。

さて、修理に先だって博物館で文化財調査が行われましたが、その際は近代の補修により、新しい漆箔や彩色が施されていたこともあり、江戸時代末期の作であろうとの見解でした。正直、私も修理前に拝見した感じでは江戸時代の製作だと思っていましたが、修理の過程で、構造、作風から古いものでありそうだとわかってきました。おそらく在地の仏師による作ながら、中世にまで遡ると思われます。作業中に一度、教育委員会の担当の方に見ていただき、結果、県の博物館で再調査をすることになったそうです。中世であると判明すればこの地域の像としては最古級の尊像になります。

残念ながら墨書などは出てこなかったため、来歴などがはっきりしないのが残念なところですが、この地域を代表する像の一体であることが修復によって判明したことは幸運でした。皆さんの寄付に感謝します。修復によって地域の文化財を掘りおこすことができた貴重な例だと思います。







毘沙門堂 木造 毘沙門天立像 修復作業報告書



毘沙門天立像

修理完了写真           安置風景


修理前写真             安置風景
  


【事業概要】
1.名称  :木造 毘沙門天立像
2.員数  :1躯
3.管理者  :集落管理
4. 所在地 :栃木県芳賀町


【法量】 ※修理完了後
・毘沙門天立像
像本体/像高(髻~左足) 104.7cm/最大幅※1 48.7cm/最大奥 32.0cm
髪際高(髻~髪際 )92.7cm /足ホゾ(右) 4.9cm /足ホゾ(左) 5.4cm
台座/台座高 29.3cm /最大幅 52.5cm/最大奥 40.7cm
光背/光背高 136.4cm /最大幅 44.0cm /最大奥 18.8cm
ホゾ高 6.2cm
全体/ 総高(持物含)150.1cm /最大幅 52.5cm/ 最大奥 40.7cm
※1 最大幅については、厨子に出し入れする都合上、左手先を接合しないため仮の値。


【品質構造】
・毘沙門天立像
 木造(特有の香りからカヤ材と思われる)、一木造り。玉眼、修復前は、肉身部漆箔、体部は彩色で一部を漆箔とする。体幹部は、頭頂から両足ホゾまで主要一材。大まかな内刳りを施し、背中と腰から裳裾にかけて、背板風の板材を角ホゾにて接合する。背面、両肩付近にノコギリで切れ込みを入れ、頭頂より前後に割り矧ぐ。割り首を施す。さらに面部を割り矧ぎ、玉眼を嵌入する。両腕は主要一材で体幹部にホゾ挿ししたうえで、さらに上から千切りで接合する。下半身については、腰から裳、足にかけて両側面材を接合する。踏み出した右足は脛材を別材とし、角ホゾにて接合する。髻(後補)、両袖先(新造)、両手先(後補)、両足先(後補)は別材。


【墨書】
なし


【修理基本方針】
 現状維持修理を基本とするが、後の修理によって著しく改変されている箇所は修正する。また、厨子(後補)に安置するため、持物や台座の大きさについては注意する。


【損傷状況】
・本体
ア)後の修理による彩色、漆箔の貼り換えが像容を損なっている。
イ)後の修理による木クソ漆が全体に盛りつけられており、像の彫刻を損なっている。
ウ)後の修理による補修材がある。
 再使用する…一群(髻、右眼周辺材、両手先、両天衣、両沓先、剣)
 撤去する…二群(宝冠、左目周辺材、右太腿から右足付近、右肩背面付近、
 右腰背面から裳裾付近、左腰背面付近、宝塔)
エ)後の修理で削られている箇所がある。(右手首)
オ)欠失箇所がある。(頭髪・左眉・鼻先、両耳の後ろ等の小材)
カ)再使用する後補材で欠失箇所がある。
 (左手指先、第二、三、四、五指、右天衣取り付け箇所付近、両沓先、剣の柄の一部)
キ)亡失箇所がある。(両袖先)
ク)部分的に部材の接合がゆるんでいる。
ケ)玉眼がゆるんでいる。
コ)鉄釘が錆びて材を痛めている。
サ)足ホゾをホゾ穴に入れた際に沓と邪鬼との間に隙間がひらく。

・台座(後補)
[邪鬼について]
ア)後の修理による彩色の塗り直しで像容を損なっている。
イ)部材の接合がゆるんでいる。
ウ)邪鬼前面材については内刳り内部を中心に炭化している。
エ)欠失箇所がある。(髪の一部、尻の一部)
オ)鉄釘が錆びて材を痛めている。
カ)重心が後ろにかかりすぎるため、像が自立しない

[岩座について] ※別の仏像の台座に転用されていた。
ア)後の修理による補修材がある。(背面材)
イ)部材の接合がゆるんでいる。
ウ)岩座下の框に相当する部分がない。
エ)一部腐れが生じて穴が開いている。(裏面)
オ)光背の取り付けができない。
カ)鉄釘が錆びて材を痛めている。

 ・光背(後補)
ア)後の修理による彩色の塗り直しで像容を損なっている。
イ)各部の接合がゆるんでいる。
ウ)後の修理により、火焔付輪宝光に改変されている。製作当初は火焔付輪光。
エ)後の修理による補修材がある。(火焔の先端部複数個所、柄)


【修理仕様】
・本体
ア)後の修理による彩色、漆箔は除去した。
イ)後の修理で盛り付けられた木クソ漆は除去した。
ウ)後の修理による補修材については以下の通りとした。
 ・再使用した…一群(髻、右眼周辺材、両手先、両天衣、両沓先、剣)
 剣については、厨子に入れる都合上、柄と刀身をホゾで分割できるように
 加工した
 ・撤去した…二群(宝冠、左目周辺材、右太腿から右足付近、右肩背面付近、
右腰背面から裳裾付近、左腰背面付近、宝塔)
エ)後の修理で削られている箇所は材を足した。(右手首)
オ)欠失箇所は新造した。(頭髪・左眉・鼻先、両耳の後ろ等の小材)
カ)再使用する後補材の欠失箇所は新造した。
 左手指先、第二、三、四、五指、右天衣取り付け箇所付近、両沓先、剣の柄の一部)
キ)亡失箇所は新造した。(両袖先)
ク)接合がゆるんでいる部材を解体し、再接合した。
ケ)玉眼は瞳を描き直し、嵌め直した。
コ)鉄釘は除去した。
サ)沓と邪鬼との間に安定のために材をいれた。

・台座(後補)
[邪鬼について]
ア)後の修理による彩色、漆箔は除去した。
イ)部材を解体し、再接合した。
ウ)炭化している箇所についてはそのままとした。
エ)欠失箇所は新造した。(髪の一部、尻の一部)
オ)鉄釘は除去した。
カ)邪鬼の下に像の重心を調整するための板を入れた。

[岩座について] ※別の仏像の台座に転用されていた。
ア)後の修理による補修材は撤去した。(背面材)
イ)部材を解体し、再接合した。
ウ)框については厨子付きの框部分が対応すると考えられることから新造はしない。
エ)腐朽箇所については樹脂を注入した。穴については木クソ漆で形を整えた。
オ)光背取り付けのためのホゾ穴部分を岩座に取り付けた。
カ)鉄釘は除去した。

 ・光背(後補)
ア)後の修理による彩色、漆箔は除去した。
イ)部材を解体し、再接合した。
ウ)後の修理による輪宝部分は撤去し、火焔付輪光に変更した。
エ)後の修理による補修材は撤去し、新造した。(火焔の先端部複数個所)
 なお、柄は像の背中に取り付けられていたが、岩座へのホゾ差しと変更した。

※以上、補修箇所は色合わせを行い、全体の統一をはかった。









 

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