特定非営利活動法人 古仏修復工房

古仏修復工房は文化財の修復を通して日本の文化を守り、後世に伝える活動をしています。


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2018年 空也上人像  

 今回、修復しているのは、茨城県、霞ヶ浦の傍に立つ小さなお堂に納められている空也上人像です。お堂は十年以上前に建て替えられており、しっかりとした建物になっていますが、仏像は部材が外れたり、何度か全体に塗り直しされたこともあり、当初の面影はなくなっています。

 像高はおよそ60cm程。写実的な造形の六波羅蜜寺の像に比べると表現もごく素朴な像です。厨子に納められていますが、サイズが微妙に合わないことから、厨子は最初から作られたものではなく、伝来する過程で修理の際に作られたもののようです。実際、修復作業をすすめると、最低でも数回の補修を受けた痕跡があり、大切にされたことが伺えます。

 また、今回、胎内から納入品…墨書の書かれた木札が出てきたのは幸運でした。たぶん、正式な形で納入したものではなく、仏師が作業中にその辺のカンナの削り板に記録のために書き付けたものを入れた、といった風なので、文字も崩れていて読みがたいのですが、年号や関係者の名が記されていました。お堂の地元の歴史資料館に伝えたところ、もしかしたら他の資料に同じ名が見つかるかもしれないとのことでした。なかなか難しいと思いますが、関係者が他の資料からも特定できれば素晴らしいことだと思います。







空也堂  木造 空也上人像 修復作業報告書



空也上人像


修理完了写真           


修理前写真            
  


【事業概要】
1.名称  :木造 空也上人像
2.員数  :1躯
3.管理者  :‐
4. 所在地 :茨城県かすみがうら市


【法量】 ※修理完了後
・空也上人像
像本体 (化仏・持物を含む) /像高  57.5cm /最大幅  21.2cm /最大奥  17.0cm
髪際高 54.0cm /足ホゾ(右)  4.6cm /足ホゾ(左)  4.0cm
像本体 /像高  56.4cm /最大幅  19.4cm /最大奥  17.0cm
台座 /台座高 10.1cm /最大幅   27.1cm /最大奥  17.5cm
全体 /総高 63.8cm /最大幅  30.7cm /最大奥   22.9cm
厨子 /総高 72.2cm /最大幅  30.7cm /最大奥   22.9cm


【品質構造】
・空也上人像
 木造(桧材)、一木造り。玉眼。彩色像。
 頭頂から足底、足ホゾまで主要体幹部を一材から彫り出す。材は大きめの節を含んだ芯持ちの桧材と思われる。頭部のみ耳の後ろで前後に割り矧ぎ、内刳りを施したうえで、玉眼(後補)を嵌入する。なお、頭部の内刳り内部に墨書の書かれた木片が納入されていた。体幹部については、内刳りは施されていない。両側面、肩から袖下にかけて薄い材を矧ぎ寄せる。口から吐き出す阿弥陀三尊(後補)は別材。両手先(後補)は別材。帯の結び目(亡失)は別材。持物(蓮華は後補、数珠は亡失)は別材。

全体に2回程度彩色の塗り直しが行われている。また、衣に塗られていた黒い塗料は比較的最近になってから塗り替えられたものと思われるため、最低でも3回程度は修理された痕跡がある。なお、左袖付近にわずかに残る彩色は当初のものである可能性がある。


【墨書】
・納入 木札1[表]

 くう屋上人様御ゑひなり


・納入 木札1[裏]

  岩本市兵衛


・納入 木札2[表]

 しんゑひほうし とうほんしんじ みゃうあん
 しんにょ
          佛師岩本市兵衛
 延宝六年五月日    正信


・納入 木札2[裏]


・ニ枚目[表]

    江戸ニ而
 大佛師 糸長孫太夫


※延宝六年(戊午) 一六七八年


【特記】

・姿について

 通常の空也上人像では、口から「南無阿弥陀仏」を象徴する六体の化仏を吐き出し、胸には鉦(かね)を下げ、鹿の角をつけた杖と鉦を叩くための撞木(しゅもく)を持つ姿が通例である。しかし、空也堂の像は、口から阿弥陀三尊を表すと思われる化仏を吐き出し、胸には鉦を取り付けない。持物は右手に蓮華を執り、左手は不明だが、その形状から数珠を持つ可能性が高いように思われる。その姿は、六波羅蜜寺の空也像に代表される姿とはかなり違っている。
 空也堂には空也上人の絵伝が伝わっているが、空也堂の空也上人像はこの絵伝に描かれた空也上人の姿と非常に似ている。どちらが先に制作されたものかはわからないが、一方を参考にしたものであるのは間違いないと思われる。
 なお、口から吐く化仏、両手先、持物(蓮華)は桐材で作られている。本体と別の樹種で作る例は珍しくないが、本体との作風の違いから後補と考えてもいいように思われる。後補の場合、制作当初とは違った形の化仏、手先が取り付けられていた可能性もあるが、胸に鉦をとりつけた形跡がないことから、どちらにせよ通例の姿とは違っており、修理箇所も制作当初の姿に倣って作った可能性が高い。

・墨書について

 頭部の内刳り内部に、墨書の書かれた2枚の板片が納入されていた。空也上人の像であること、願主の名、仏師の名、延宝六年(1678年)の年号が記載されている。正式に入れたものというより、仏師が作業中に思い立って、手元にあった木片に記録を書き付けたといった素朴なものであるが、この像の記録として貴重なものである。
 造立とも再興とも書かれていないため、造立銘か修理銘か不明だが少なくとも、延宝六年(1678年)以前には制作されていたことがわかる。作風的にはこの時期の作で問題はないように感じられが、それ以前に制作された可能性も完全には否定できない。また、仏師の名が2名記載されるが、この木札を入れたのは「岩本市兵衛」であり、新造にせよ修理にせよ作業をおこなったのもこの人物だと考えられる。「大佛師糸長孫太夫」との関係がわからないが、師匠と弟子の関係だった可能性は考えられる。
 嵌入されていた玉眼が代用品としてガラス板を無理に玉眼のように加工したものを入れていたことを考えると、比較的最近に補修され、その際に納入されていた木札を再び納入したようである。今回の修理でも、見つかった木片2枚は和紙で包んだうえで、頭部の内刳り内部に再納入した。

・厨子について

 現存している厨子は、高さが足らない点と台座の痕跡から、空也上人像の製作当初に作られたものではなく、後の時代に作り足されたものと考えられる。


【修理基本方針】
・現存部分については現状維持修理を基本とする。
・亡失箇所については復元する。
・補修箇所については色合わせを行い、全体の統一をはかる。
・墨書等は記録する。


【損傷状況】
■本体
ア)欠失、亡失箇所について
 ・両目の周辺が大きく削れている。 
 ・帯の結び目が亡失。
 ・持物(数珠)亡失。
 ・化仏の一部が欠けている。
 ・持物(蓮華)の一部が欠けている。

イ)後補と考えられる個所、部材について
 ・口から吐きだす阿弥陀三尊の化仏。
 ・両手先。
 ・持物(蓮華)。
 ・全体に彩色が塗り替えられている。

ウ)不適切な修理箇所がある
 ・玉眼は形状が合わない。板ガラスを強引に加工したものと思われる。

エ)接合部のゆるみについて
 ・全体に部材の接合部がゆるんでいる。
 ・「口から吐きだす阿弥陀三尊の化仏」と口との接合がゆるく、外れやすい。

オ)像の安置について
 ・自立した際に後ろに大きく傾くため、厨子に後頭部がぶつかる。
 
■台座
ア)欠失、亡失箇所について
 ・框が亡失。
 ・岩座については複数の小欠失がある。

イ)後補と考えられる個所について
 ・全体に彩色が塗り替えられている。

ウ)接合部のゆるみについて
 ・部材の接合がすでに外れている。

■厨子
ア)欠失、亡失箇所について
 ・上框の左側面材は亡失。
      
イ)後の修理箇所について
 ・框の左側面材。
 ・左扉の接合については、樹脂などのはみ出しが生じている。
 ・金具の軸が代用品に変更されている。(一個所)

ウ)接合部のゆるみについて
 ・右扉の接合が外れている。
 ・厨子の下部分については完全に接合が外れている。

エ)材質の状態について
 ・上框の前面材には、割れが生じている。
 ・框の接合個所周辺の材はかなり傷んでおり、部分的に腐朽もすすんでいる。
 

【修理仕様】
■本体
ア)欠失、亡失箇所について
 ・両目の周辺の削れは、新たに材を補った。 
 ・帯の結び目は新造した。
 ・持物(数珠)は新造した。
 ・化仏の欠けについては、新たに材を補った。
 ・持物(蓮華)の欠けについては、新たに材を補った。

イ)後補と考えられる個所、部材について
 ・口から吐きだす阿弥陀三尊の化仏は、補修の上、再使用した。
 ・両手先は後補のものを参考に新造した。
 ・持物(蓮華)は、補修の上、再使用した。
 ・後補彩色は除去した。一番下層にわずかに残っていた彩色は、制作当初の彩色の可能性もあるため除去せず残した。

ウ)不適切な修理箇所がある
 ・代用の玉眼は撤去した。眼の形状に合うものを新造した。瞳等は新たに描き直し、嵌め直した。

エ)接合部のゆるみについて
 ・接合部は一旦外し、再接合した。
 ・「口から吐きだす阿弥陀三尊の化仏」については、竹製の差し込みを取り付けた。基本的に口と化仏の接着剤による接合はおこなわず、抜き差しできるように調整した。

オ)像の安置について
 ・自立した際に後ろに大きく傾くため、足の裏面に材を挟み、角度を調整した。

■台座
ア)欠失、亡失箇所について
 ・框は新造した。厨子に入れることを考慮し、薄いものにした。
 ・岩座の複数の小欠失は新たに材を補った。

イ)後補と考えられる個所について
 ・後補彩色は除去した。

ウ)接合部のゆるみについて
 ・外れている部材は、再接合した。

■厨子
ア)欠失、亡失箇所について
 ・上框の左側面材は新造した。
   
イ)後の修理箇所について
 ・框の左側面材は撤去し、新たに新造した。
 ・左扉の接合については、樹脂などのはみ出しや金色の塗料は除去し、補修作業をすすめた。
 ・金具の軸は新造した。(一個所)

ウ)接合部のゆるみについて
 ・外れている右扉の接合は、再接合した。
 ・厨子の下部分については、再接合した。

エ)材質の状態について
 ・上框の前面材の割れは、再接合した。
 ・框の接合個所周辺の傷んでいる個所については、樹脂を注入し、材質の強化をはかった。

※以上、補修箇所は色合わせを行い、全体に色調の統一をはかった。










 

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